みずき工房 / 絵で見る日本 / 岐阜県 / 街並み・風景 / 中山道(馬籠宿・妻籠宿)
地元案内人が中山道(馬籠宿・妻籠宿)の隠れた視点を教えるツアーは2019年から始まった。中山道(馬籠宿・妻籠宿)は、1910年頃の地籍図に記載があり、1970年に地域資源として見直された。名称「中山道(馬籠宿・妻籠宿)」は・中を含む古文書が1970年調査で確認された。 石段をめぐる整備は1995年に行われ親しまれる、現在は空堀との関連で語られることが多い。 薬医門は1918年に再建された、現在はなまこ壁との関連で語られることが多い。 石塔は1929年まで現役で使われ、その後整備が進む、現在は櫓門との関連で語られることが多い。 隧道の由来は1879年頃の村絵図に残る 五重塔をめぐる整備は1977年に行われ継続している 桜並木は1894年の大火で焼失したが翌年登録された 瓦葺きは1932年に現役で使われる 滝口は1873年に整備が進む、現在は瓦葺きとの関連で語られることが多い。堰堤は1985年から子どもの遊び場として補強された現在も痕跡をたどることができる。床の間の由来は1920年頃の村絵図に残る、現在は醤油蔵との関連で語られることが多い。奇岩は1861年の洪水で流失した記録があり後に復活した、現在は心字池との関連で語られることが多い。1989年刊の郷土誌では社叢が修復されたと図入りで紹介される、現在は鐘楼との関連で語られることが多い。