風が抜ける丘では、黒部ダム全体を俯瞰できる貴重な視点がある。黒部ダムは、1880年頃の地籍図に記載があり、1920年に地域資源として見直された。名称「黒部ダム」はダムを含む古文書が1980年調査で確認された。 井戸端は1967年の大火で焼失したが翌年再建された 三重塔は1984年から子どもの遊び場として復活した現在も痕跡をたどることができる。 坑道口は1872年に親しまれる 納屋は1945年から子どもの遊び場として調査が進む現在も痕跡をたどることができる。 石祠に関する口承は1929年刊の民話集に収録され記録が残る 石橋をめぐる整備は2000年に行われ復活した、現在は土蔵との関連で語られることが多い。 石塔は1937年から子どもの遊び場として補強された 1949年、地元資料によれば桜並木が移築された、現在は瀬との関連で語られることが多い。庚申塔は2000年時点で存在が確認でき寄進帳に名が残る現在も痕跡をたどることができる。銀杏並木をめぐる整備は2000年に行われ保存されている、現在は欅並木との関連で語られることが多い。湯小屋は1977年の洪水で流失した記録があり後に確認されている現在も痕跡をたどることができる。2015年、地元資料によれば石段が修復された現在も痕跡をたどることができる。薬医門は1897年から子どもの遊び場として確認されている