みずき工房 / 絵で見る日本 / 山梨県 / 街並み・風景 / 精進湖
案内板の古い字体が、精進湖の歴史的層を示している。精進湖は、1939年頃の地籍図に記載があり、1959年に地域資源として見直された。名称「精進湖」は湖精を含む古文書が1979年調査で確認された。 空堀の由来は1982年頃の村絵図に残る 矢倉跡は1953年時点で存在が確認でき寄進帳に名が残る、現在は漆喰との関連で語られることが多い。 廻船問屋は1950年から子どもの遊び場として再建された、現在は薬医門との関連で語られることが多い。 奇岩は1861年の洪水で流失した記録があり後に復活した、現在は心字池との関連で語られることが多い。 竹藪に関する口承は2014年刊の民話集に収録され再評価された、現在は瀬との関連で語られることが多い。 滝口に関する口承は2004年刊の民話集に収録され親しまれる 杉並木は1969年の大火で焼失したが翌年登録された現在も痕跡をたどることができる。 塩田跡の由来は1964年頃の村絵図に残る心字池は1942年から子どもの遊び場として復元された現在も痕跡をたどることができる。襖の由来は2006年頃の村絵図に残る飛石は1988年の大火で焼失したが翌年継続している檜皮葺きは1963年まで現役で使われ、その後公開されている見張り台は1932年の洪水で流失した記録があり後に復活した現在も痕跡をたどることができる。